~ダイスケの部屋~


 「武術は体に悪い、そして暗い」 
 
 





一貫堂六本木支部において、会員のほとんどに共通認識がある。
「武術は体に悪い、そして暗い」である。

言う側も聞く側も笑いながら話す事が多いため、冗談と取られる事も
少なからずある。しかし、冗談で言っている気はあまりない。


暗い部分は、やっている人が一番分るであろう。趣味であるはずなのに、
他人が見て苦行ではないかと思うレベルまで突き詰めたり、自分を
追い込んだりする。スポーツなどに比べ、隠している部分も多く、また
理屈がやたら多い。お手軽にやろうとするスタンス自体に眉を顰めたり
もする。例を挙げていくときりが無い。

やっていない人からすると、何が楽しくて、どこまで追求して、最終的に
何がしたいの?と言った所か。謎の職人を見るような目で見られるわけだ。

しかしながら、趣味も煮詰まってくると言うか、凝縮すると言うか、
よく言って高いレベル、ステージに達した場合、職人的になってくる傾向を
見出せる場合がある。それを称して暗いと言うならば言え、と言った所か。


体に悪い、と言う部分は理解を得られにくい。特に比較対照がないため、
余計に理解されないのかもしれない。

武術は、「神妙」「玄妙」「精緻」等と称される技を身に付けるため、
ほとんどの場合、異常なまでの反復練習、および調整が必要となる。

スポーツでも同様ではあるが、わりと誤差に対する許容範囲が広く、
誤差修正できない人は「向いていない」「運動神経が無い」等と切り
捨てられる場合が多い。方法論が細かく定まっておらず、個々人の特性を
生かして良い場合も多いため、伸びる人もいるが、無理をして体を
傷めてしまう場合もある。

武術はどちらかと言うと、あらかじめ決められた型にいろいろな物を
押し込んで、はみ出した部分をそぎ落としていく感じである。その
そぎ落とす過程が反復練習であり、調整である。
この過程において、負荷かかり過ぎて怪我をしてしまう事がある。
スポーツよりもやや多い気がするが、きちんと測定した訳では無い。

また、不随意筋を使うことも多い。不随意という位で、意識的には
動かせないはず。ところが、特殊な方法で使ってしまうのである。
ヨガ等でも同様のことをするため、必ずしも体に悪いわけではない。
しかし武術の場合は、体のためにかかっているリミットを外してしまう
事もある。これは多かれ少なかれ体に負担がかかる。敵に勝つため、
優位に立つためとは言え、医者泣かせである。

また、敵を効率よく殺傷、あるいは破壊等するための技を習得する
訳であるから、いかに傷つかないように配慮していても怪我はつき物
である。避けられない方、怪我した方が悪い、などと言う考え方まで
ある位である。


体に悪いくらいなら、病持ちの人は武術を出来ないか。実は決して
そのようなことは無い。たいした例ではないが、実例を一人挙げてみる。

まず、腰椎の椎間板ヘルニアを中学生の時から患っている。
これは、背筋をある程度以上鍛える事でカバーできる。

また、デスクワークのし過ぎで坐骨神経痛となり、右足の外側半分、
腰から足先にかけて痺れて、痛みも含めた感覚が麻痺している。
これは、柔軟運動や特定部位へのマッサージをしてケアをしつつ、
蹴り足を使わなくても推進出来る歩法に切り替える事で調整した。
蹴り足の微調整が出来ないなら、使わなければ良いと言う寸法だ。


恐らく仕事上のストレスであろうが、メニエルもやった。
しかもご丁寧に蝸牛型、前庭型の両方とも発症してしまった。
こうなると、耳鳴りで音もまともに聞こえず、めまいがするため
調子が悪い時はまともに歩くことすら出来ない。
しかも、発症が昇段審査の約1ヶ月前。一緒に審査を受ける相手もいる事
なので、さすがに困った。普通であれば事情を説明し、昇段審査は受けない。

耳鳴りは気にしなければ良い。声が聞こえなくても唇を見ていれば
ある程度意味を推測できる。しかし、歩けないのは致命的だ。


結局どうしたか。なんと、めまいという自分の感覚を無視して集中
することで無理やりカバーしてしまった。昇段審査もなんとかクリア
である。傍目には緊張しているようにしか見えなかったそうだ。

しかもこの状態で、昇段審査前数ヶ月間に体調のおかしさに気づいた人は
一人しか居なかった。本人は明るく、また病気を気にせずに武術を
していたからだろう。病気も悪化はしていない。タイトルと矛盾している。




 
                                
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