~ダイスケの部屋~


 「下関の思い出(その6)」 

 




 塩川先生の道場での、杖道の稽古の事も書いておこう。稽古自体
は松原先生を筆頭に、高段者が下の面倒を見てくれる。稽古終わり
が近づくと、二階から塩川先生が降りてきて、段に応じて太刀を持
ってくれる。恐らく、教えていた高段者の稽古という側面が大きい
のだと思うが、高段者になればなるほど本数を多く持って貰える。

 塩川先生の太刀は、きちんと切っているけれど、杖を正しい位置
に導いてくれる、正しく杖を使ったらここに杖が入るんだ、と言う
のを教えてくれるような動きであった。効かせようとか、余計なこ
とを考えなくて良い。更に驚くべき事は、どんな無茶をしても、怪
我をする事も、させる事も全く無かった。色々な意味で、東京から
せっかく来たのだからと、サービスしてくれていたのかも知れない。

 当時苦手としていた切懸をお願いした時のこと。最後の入りで、
こちらの位置が悪かったのか、切り終わった体制の塩川先生が、ほ
んのわずか、対している僕しか分からない程度によろめいた。普通
の人であれば全く気にしない範囲の、重心のずれである。

 その時、「ダイスケ、今のはお前の術が効いたんじゃないぞ。飲
み過ぎでワシが勝手によろめいただけじゃからな。」と言われ、却っ
て恐縮したのを覚えている。塩川先生が本気でかかってきたら、本
来その前の胴切りで両断されていたはずである。こう言った類のこ
とは非常に嬉しい指導で、良い思い出である。


 稽古の中日に、寶満山の竈門神社に連れて行ってもらう事になっ
た。さらに、第26代の統、乙藤先生(故人)の所にも行くと言う。和
さんと二人で興奮した。特に(当時)杖道界のトップの師範に会える
なんて、出発の時には夢にも思っていなかったのだ。

 その日の塩川先生はスーツ姿で、ネクタイもきちんと締めていた。
道着姿や普段着は見た事があったが、スーツ姿を見るのはその時が
初めてであり、特別な日だと感じた。今思えば、乙藤先生に礼を尽
くしたという事だと思う。

 塩川先生、里富さん、和さん、僕で車に乗り込む。運転は里富さ
んだ。他の人の運転だと、色々と(笑)指示をしてくる塩川先生も、
里富さんの運転だと何も指示しない。
#他の人の運転で、指示しまくっているのも見たことがある(^^;


 まずは竈門神社。見覚えのある石碑や社の前で記念撮影した。
前の広場で杖術を奉納演舞するか、などと冗談(?)を言われたが、
稽古着も着ていなかったし恐縮するしで、結局遠慮する事にした。
写真でしか見た事がなかった場所に来る事が出来て、これだけで
嬉しかった事を覚えている。ちょうど桜が散りかけの、少し肌寒さ
も感じる時期だった。

 その後、乙藤先生のお宅に移動した。車を降り、塩川先生が先頭
を切って歩く。とある住宅の玄関前に着くなり、塩川先生が「失礼
します!」と大きく声を出した。それに応えて「おう、入れ!」と
の声。僕が習った通りの師に対する礼を塩川先生もされていたので、
ものすごく印象に残っている。


 乙藤先生と奥様の歓迎を受け、一緒にこたつに入ってお話を色々
と聞かせて頂いた。正確に言えば、正座して背を伸ばし、乙藤先生
と塩川先生の話を拝聴させて頂いた。こたつには、膝の先しか入っ
ていなかった。一緒のこたつに入れさせて頂くのは気が引けたので
ある。途中で乙藤先生に気遣って頂き、もっと足を入れたらどうか
と勧めて頂いて恐縮したのを今でも覚えている。







 
                                
                                      


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