エッセイ<随筆>




 スミちゃんの七日間の旅

 

 「スミちゃん、ちょっと手伝ってほしいんだが」
 仏具店の社長から軽い調子で電話が入った。
 スミちゃん当時、27歳、勤めをやめて、和裁と着付けで生計を立てていた。友禅染めもしていたが、まだ始めたばかりであった。
 スミちゃんほど良い人はまず居ないだろう。あるいは、頭のどこかの回線が切れているのでは? と思うぐらいである。 
社長とは、茶道の関係での知り合いだった。アルバイトを頼まれ、良く事情も知らないで承諾した。そして、特牛港に連れていかれた。
 「じゃあ頼むね!」そういうと社長は角島行きの連絡船にスミちゃんを押し込んだ。
 このとき、スミちゃんは始めて自分のアルバイトの内容を知った。角島に行って、仏壇、仏具を売るのである。
 角島の港に着くと、社長が頼んであったのか、船の人が仏壇他の大きな荷を船から、降ろしてくれた。スミちゃん茫然と波止場にたたずんだ。

 山口県豊北町、角島。面積4㎞㎡。人口1,300人。350世帯の小さな島である。本土からは連絡船で30分かかる。(現在は橋が掛けられている)
 小さな島ではあるが、文献には昔からでて来る。
 因みに、万葉集、巻16に『角島の瀬戸のわかめは人のむた荒かりしかと我とは和海藻』
と出ているそうである。
その島で、当時、(約30年前)、年に一回公民館を利用して展示即売会が開かれるのが行事になっていた。その年は、家具屋、電器屋、仏壇屋の番であった。

 2時間近く、スミちゃん茫然とたたずんでいた。(黙って、ジーと何時間でもボケーと出来るのもスミちゃんの特技である)
 家具屋、電器屋、のおじさん達、さすがに心配になりスミちゃんのところにやって来た。仏壇ほかの荷物を公民館に運んでくれるわ、商売の仕方を教えてくれるわ、色々世話をやいてくれた。スミちゃんを見ていると世話をやきたくなってしまうのだ。

 一日の商売が終わり、手提げ金庫を抱えたまま、スミちゃん座り込んで海を見ていた。実際どうして良いのか解らないのである。お金は小銭しか持っていない。泊まるところもない。ましてや、着替え、洗面用具、一切ないのである。
 普通、高校生ぐらいになったら、対処するには別に、なんの問題も無い事態であるが、そこは、かの、スミちゃん。手提げ金庫のお金は売上金、人様のお金には絶対にてを付ける訳にはいかないと、思いこんでいる。
 金もなく、本土への連絡船にも乗れない。旅館にもとまれない。日は暮れてくる。海面は鮮やかなブルーから、暗くなり、ザワザワという波の音が大きく響いてきた。
 

寂しく、悲しくなって、スミちゃんの眼から熱いものがこぼれた。涙が次から次にあふれた。
 「どうしたの?」五十絡みのおばちゃんが声をかけた。
 スミちゃんは事情を話した。
 「狭いけれど、家においで」
 
おばちゃんの家は夫と高校生の娘さんの三人かぞくであった。長男は本土で独立して生活をたてていた。
 「ありがと! ありがと!・・・・」と言いながら、食事をごちそうになり、風呂に入れて貰った。着替えを持たないスミちゃん、下着から上着まで高校生の娘さんのものを、借りる始末であった。
 あくる朝、朝食をごちそうになり、商売に出かける時。
 「今日も帰っておいでよ!」
 と言って、おばちゃんは昼食の弁当を持たせた。
 「ありがとう! おばちゃん」
 スミちゃん又、涙ぐんだ。
 そのうち、スミちゃんの話は島じゅうに伝わった。
 「今日の晩御飯は家においで」
 「今日は家で泊まりなさい」
 10時のおやつ、3時のおやつ、昼御飯。入れ替わり立ち替わりになり、スミちゃん嬉しい悲鳴をあげるようになった。
一週間後、仏具店の社長は何食わぬ顔で迎えに来た。
 大勢の人たちが波止場でスミちゃんを見送った。
 スミちゃん、一週間の滞在中、一銭の金も使わなかった。
 こうして、スミちゃんの7日間の旅はとりあえず終わった。

 その後、スミちゃんと角島の人々との関係は切っても切れぬものになった。
 島の人が少し重い病気になると、下関市にある三つの大きな総合病院のどれかに行くことになっていた。いつしか、島の人が下関の病院に行く場合は、必ずスミちゃんがお世話するようになった。
 ある時など、ご主人の具合が悪くなった老夫婦。スミちゃんの世話で入院となった。
入院手続きを済ませた、奥さんが島に帰ろうとすると。
 「おばちゃん! 帰っちゃいけん! おじさんが寂しがる。絶対、帰っちゃいけん!」 おばちゃんを引き止めた、スミちゃん。おじさんの退院までの一ヶ月間、自分のアパートにおばちゃんを引き取り、毎日二人で病院に面会にいった。
 そういう事態がつづき、ついにスミちゃん。
 『角島の星』と、うたわれるようになった。

 十年たっても、二十年たっても、角島からの仏壇の注文は必ず、スミちゃんの所へくる。たった、7日間のアルバイトの在籍しかないスミちゃんのところへ。
 大儲けをした、仏具店の社長。ある日、茶会の席でたおれた。
 たまたま、同席していた、スミちゃん救急車と一緒に病院にいった。社長の奥さんも駆けつけた。夜になりスミちゃんは奥さんに言った。
 「お疲れでしょう。私が一晩じゅう付き添っていますから、奥さんはどうぞ帰って休んでください」
 『あの人いったい何なのよ!』社長の奥さんが誤解したのも当たり前の話しである。しかし、スミちゃんの人となりを知ると、奥さんあきれると同時に、スミちゃんフアンの一人となった。
 スミちゃん、よく人に誤解される。私と喫茶店で待ち合わせた時、彼女、一時間半遅れてきた。
 「犬が車にはねられて、かわいそうだったのよ。飼い主の子どもと一緒に犬猫病院に連れていくやら、親に連絡とるやら、もー大変」
 「へー、そう。そんなことがあったんだ?」
 「でも心配しないでもだいじょうぶ。犬のけがもたいしたことなかったから」
 いつもこの調子である。この間の事情を理解しないと、スミちゃんと付き合うことはできない。
 
 いつの頃か、バレンタインデーにスミちゃんから、チョコレートが届くようになった。お返しは、常に化粧品と決めていた。
 「わたしに化粧品をプレゼントしてくれるのは、谷さんだけよ!」
 いちおう、嬉しそうではある。
 「どうでもいいけど、口紅ぐらいひけよ。美しくありたい。その気持ちが大切なんだ。女性はそうあって欲しいんだ」
 しかし、いまだに口紅をひいた、スミちゃんを見たことはない。スタイルもよく、顔だちも良いのだが、ほんとに、モー!
 よく、スミちゃんのところに遊びに行った。お茶と灰皿を出してもらって、私は寝そべる。スミちゃんは横で和裁の針仕事。話しがはずむ。ひと昔まえの夫婦の姿そのもの、である。
 スミちゃんの友達が来てもへいきでそのまま話し続ける。まず最初は必ず誤解される。
 「ごめんなさい!」
 なかには、あわてて帰ろうとする人もいた。
 「いいのよ! そんな関係じゃないんだから。アハハ・・・」
 そのうち、その人も納得する。
 私の友人もよく、二人の関係を誤解した。
 しかし、考えても見て下さい。『天女』と恋愛が出来ますか?
 セックスの欲望が湧きますか?

 先日、久しぶりにスミちゃんと連絡がとれた。
 「あ! 谷さん元気しちょる? ひさしぶりやね」
 受話器がわれんばかりの明るい大声である。
 「いつ電話しても、留守だね」
 「私もいそがしいんよ! 子どもたちが、すて犬、すて猫、を私のところへ持ち込んでくるんやけ!」
 あいも変わらずである。
 近所の子どもたち、かわいそうな、すて犬、すて猫を見つけると。スミちゃんのところへ連れていく。何とかしてもらえると信じきっているのだ。
 スミちゃん、一所懸命、飼ってもらえる人を捜す。そして、必ずなんとかするのである。
 「谷さん。下関に帰っておいでーね! さびしいやない! アハハハ・・・」
 この『天女』五十五歳である。(しまった! 言ってしまった!)

 友禅染め、草木染めの腕も上達したらしく、方々で展示会をやっているようだ。
 以前、私はスミちゃんに紋付き羽織、袴を一式、注文した。
 「まだか、まだか・・・」
 何度もさいそくした。
 やっと、寸法を取ってくれたのは、五年後であった。
 「とりあえず、材料代だけでも払わせてくれよ」  
 「ちょっと待って、仕事にとりかかる時にもらうから」
 スミちゃんのことだから、もしかして、和服一式が私の手元にとどくのは十年位かかるかな? と踏んでいた。
 ところが、あれから二十年たったのに、今だに、仕事に取りかかったと言ってこない。
 こちらも、催促するのを止めた。
 この世で、スミちゃんの仕立てた和服に袖を通すのはあきらめた。
 なんせ、あいては『天女』なんだから!


*この話しはすべて実話です。決してフィクションではありません。


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