エッセイ<随筆>




 悲しい現実(地球と人類) 

 この表題はアル・ゴア氏に敬意を表して付けました。


<⑤農業に関してもう少し>

 我が国の耕地面積は(牧草地も含む)は国土の13.3%を占め、その内の約半分が水田である。水田は食糧を生産するだけでなく、洪水を防ぐダムとしての役割や水質を浄化させ、生態系を保全する役割を果たしている。さらに土砂の流出、土壌の浸食を防ぐことにも効果がある。
 温帯モンスーン気候に属する我が国は、温暖、湿潤で水が豊富と、実に自然に恵まれている。2,000年以上に渡って、耕地面積の少ない人口超密な国土にありながら、営々として水田耕作を主として命を長らえてきた。水稲の栽培は環境に優しく、土壌を守る農法なのである。しかも単位あたりの収穫高は穀物の中で最も効率的である。ただし、欠点は極めて限定された地域でしか栽培出来ないことだ。中心はアジア地域に偏っている。米の生産量のベスト10に入っている国の中で、アジア以外の地域はブラジルが9位であり、10位の日本とアメリカ合衆国がほぼ同じという結果だ。モンスーン気候、万歳!

 さてそのありがたい水稲栽培は、他の穀物栽培よりも自然を保持する効果、即ち土壌浸食を防ぐのに役立つ。どうしてなんだろう?

土壌とは、無機物の粒子や有機物などから構成される被覆層で、地上の表面を微かに覆っているに過ぎない。つまり極めて脆弱なのである。その土壌は岩石や堆積物の風化作用と、植物や動物などの腐廃物が微生物によって分解されて形成される。
 そして、新しく土壌が形成される速さと、土壌が流出する速度がつりあって存在する。自然状態では、土壌の変化は安定的である。耕されていない森林や草地では、土壌は土地を覆う植物に覆われて守られているのだ。
 しかし、農業や林業によって土地の覆いが一部あるいは全部が壊されてしまうと、土壌の浸食がとてつもなく早くなる。穀物の場合、土壌疲労で輪作が出来ない場合の、休閑地が土壌浸食を引き起こす。従って小麦の栽培の場合、如何に休閑期間を少なくするかが鍵を握っている。さらに大きな元凶は過放牧である。
 
 もう一つ重要な問題は、土壌の塩性化である。これは主として灌漑を行うことによって生ずる。農業を行うには灌漑が必要であるが、その灌漑が土壌塩分を蓄積してしまうのだ。
そして、植物の生育を阻害してしまう。農耕によって作物を育てるための灌漑が、長年にわたると逆に育てることが不可能になってくるのだ。
 ほとんどすべての灌漑水は微量の塩分を含んでいる。それが浸透の結果、地下に塩分が溜まる。水捌けが悪く、地下水面が根の深さに近いところでは、塩分が蓄積されて、植物の生育が不可能になる。
 また、岩石や土壌自体が水溶性の塩分を含んでいる場合があり、以前、海だった部分からは海成層による塩分もある。雨水は地中に集積され、下の土壌を水浸しにする。地下水位の上昇につれて、塩分が根のある層にまで届くことになってくる。

 土壌浸食にたいする解決方法は、植林、堆肥などで土地を覆い、農業生産を控えることであるが、食糧不足による餓死者が出ている今日では現実的な方法ではない。現在での有効な対策は、適当な量の化学肥料を散布することにより土壌に活力を与えることと言われている。その他にも、土壌浸食防止安定剤なども開発されている。
 土壌塩性化の対策は、土壌改良、排水設備を完備することが上げられる。ようは、水を貯めずに流すことである。しかし、これには多大な労力と資本が必要となってくる。
では、初めに戻って、なぜ水田耕作では土壌浸食が起こらないのは何となく理解できるが、一方の土壌塩性化については疑問が残る。水田は水浸しではないか。まさに下の土壌を水浸しにしているではないか。

 この疑問を、農林水産省のキャリア技官に聞いてみた。その回答は以下であった。
「日本の土壌は、水捌けがよく地下水となって流れていく。よって、塩分が上層にまで上昇することはない。そして水田に水を張っている期間は3ヶ月である。日本の水田の場合は、むしろ、ミネラル、塩分が不足気味である」
 間接的に聞いてもらったので、今ひとつ私は納得できておりません。


 さて、土壌浸食、土壌塩性化は、土壌を破壊し地表を砂漠化する。
これは、紀元前どころか大昔から起こっている。古代エジプト文明は森林の過剰伐採が原因で砂漠化を招き、生産力を維持できなくなり衰亡していった。現在のリビア、アルジェリアのサハラ砂漠も紀元前5,000年頃には緑に覆われ、動物の種類も多かったそうである。古代インダス文明も、森林の過剰伐採と灌漑による土壌の塩性化によって滅亡した。
 農業発祥の地である、メソポタミア地方は“肥沃の三日月地帯”と言われるほどの穀倉地帯であったが、なんと紀元前2,100年には灌漑そして水捌けが悪いことが原因で塩分が増加し、紀元前1,700年には、土地の収穫量は4分の1にまで減少し、シュメール人の都市国家は没落したらしい。なんと3,700年前の話である。その後、さらに過放牧により乾燥化は進展し、今日の姿となってしまった。
 四大文明の一つ、中国の黄河上流もかつての肥沃な土壌の面影もなく、不毛の大地になっている。
民族大移動の原因も、土壌の乾燥化がもっとも有力な説である。匈奴、フン、ゲルマンなど、遊牧の民は荒廃した土地を後に、よりよい放牧地を目指したらしい。放棄された遊牧地も、数百年の間、自然のままにしていると元に戻る場所もあり、そのまま砂漠化の道をたどる地域もあった。気候と土壌の差異が原因である。

 土壌破壊は、数百年、千年単位で顕在化して来るために、現実に農耕、放牧を営んでいる者にとっては認識しづらい面がある。我々は今日を生きているのである。数百年後の世界を想像し、今日を耐えるのは難しいことでもある。
 更に皮肉なことに、栄養分の乏しい多くの土壌は外見上は青々とした植生を有しており、豊かな植生に見える。そう確かに植物は豊かであるが、それを支える土壌については眼に見えない。草千里や美ヶ原が日本における土壌荒廃の代表と言われても感覚的には理解できない。地力のもたらす栄養分は近年になってやっと化学分析で計測できるようになったのだ。 
 今日、アフリカ、モンゴル、オーストラリアは危機的な状況にある。また、北アメリカのプレーリー、グレートプレーンズ、南アメリカのパンパ、ウクライナの黒土地帯、中央アジアも砂漠化が心配されている。これも遙か昔の先祖の遺産の一つだろう。

 さて、今日の土壌荒廃を含む、環境問題に対する取り組みについて概観してみよう。
1972年「国連人間環境会議」において、ストックホルム人間環境宣言が採択された。
宣言の内容は「各国はその管理下にある諸活動についても責任を負い、また他国の環境だけでなく、公海、深海底、宇宙、天体等の国際的地域の環境に対する損害の防止・排除の責任を負う」と宣言された。宇宙、天体までもだぞ! 凄い!
 1982年「国連人間環境開発会議」の10周年を記念して、「国連環境計画」という環境保護を目的とした国連機関が発足した。オゾン層保護、地球温暖化防止、有害廃棄物の越境問題、砂漠化防止、熱帯林保護など、地球全体にかかわる環境問題の調整、調査、啓発の国際機関の中核となっている。本部はナイロビにある。
 1984年には「環境と開発に関する世界委員会」が発足し、1987年の報告書で「持続可能な開発」と言う概念を打ち出した。
「持続可能な開発」とは「将来の世代の欲求を満たしつつ、現在の世代の欲求も満足させるような開発」であり「持続可能な開発は生態系を破壊することなく、かつすべての人々にとって妥当な消費水準をめざした価値観をつくりあげて始めて可能になる」とされている。「持続可能な開発」は、今日、環境問題に取り組む、世界的な共通語となっている。

 なるほど、人間は叡智をしぼり何とか問題を解決しようとしているのは解る。環境問題は人類の生存に関わる大問題である。このような努力がなされているのは嬉しい限りである。しかし、楽観できない事実もある。
 「持続可能な開発」はまさに人類の目指す方向であろう。でも、最裕福である我々が(マクロで日本を見た場合)最貧国の住民の口に入る食糧を増やすために、自分が食べる量を減らすことがあるだろうか。さらに自分の子供に多少ひもじい思いをさせてもするだろうか。まず考えられない。ダイエットのために食べる量を減らすことは十分に考えられる。
 先進国は最貧国に対して、飢餓を和らげるために食糧を援助することはあっても、継続的に空腹を満たす援助をするだろうか? 否! それどころか、もし有効な人口調整なくして、それを行ったなら食糧の増加に伴い人口の爆発的増加を招くことは明らかだ。こんどは、地球全体の絶対量の食糧不足を招くだろう。
 現在の地球人口は64億人、マクロで見た場合、食料の絶対量は何とか均衡しているが、30年後には90億人を超えるという推定もあるほどだ。そして、人口増加は貧困国で起こるのだ。
 善意や倫理的に援助するというのを私は信じない。もし将来的にでも経済的効率が確保されるというのなら信じられる。継続的になしうるのはその方法しか無い気がする。善意や倫理は、時代や地域、社会変動によって180度変換するのは歴史の証するところである。
 今や、先進国の企業は短期的な利益はむろん、50年、100年単位での収益を考えている。最貧国に資本、技術を投下することにより、数十年単位で需要を掘り起こすことが明確に推定できれば、先行投資もしている。ただし、それは企業活動のほんの一部に過ぎない。いわば、ツバをつけている状態に過ぎないとも言える。本格的に企業が参入できる状態が出現すれば、問題は解決に向かうと私は思う。
 それでも、それでもなお、マルサス的窮地から逃れることは出来そうもない。マルサスは「人口論」という著作において、人口増加は幾何級数的に増大し、食糧の生産は算術級数的にしか増加しないので人口の過剰による貧困化、食糧危機に陥るという説で有名であるが、彼の本当に凄いのはその解消方法に対する考察である。この件に関しては、後に人口問題で述べるつもりである。




                        
 
 

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