エッセイ<随筆>




 悲しい現実(地球と人類) 

 この表題はアル・ゴア氏に敬意を表して付けました。


<⑬水産資源とSCP>

 タラバガニ、ズワイガニ、毛ガニと蟹にもいろいろあるが、何と言っても私が一番美味しいと思うのは、ワタリガニである。あのもっちりした身は堪りません。
 「月夜の蟹」という言葉がある。蟹は月夜には月光を怖れて餌を漁らないので身が付かない。よって不味いと言うことらしい。これは、沿岸に棲息するワタリガニのことであると、勝手に思い込んでいる。
 下関に住んでいた頃、時々、ワタリガニを食べていた。デパ地下の魚屋で見つけると買っていた。いつも店に並んでいるわけではない。客があるときなど前もって注文するのだが、魚屋は約束してくれない。地物の水揚げがあった時だけ店頭に並べるのである。
 少し型の良いもので、一匹、千五百円から二千円ぐらいしただろうか。大きなものになると四千円ぐらいした。
 いま、横浜に住んでいるがスーパーにいけば、ワタリガニを買うのは容易だ。値段はごく安いが、小さくて身がない。さらに、女房殿はワタリガニを買ってくれない。なぜなら、今のワタリガニは、大部分が中国産の輸入物だというのである。
 ワタリガニは沿岸部、ことに喫水線を好む。公害汚染の影響をもっとも受けるということである。PCB、重金属などなにを含んでいるか解ったものではないそうだ。かつての日本に於いても、水俣病、イタイイタイ病など公害汚染の原因となった食品が思い出される。経済発展のある段階に於いてはしかたないのだろうか? 

 蟹だけではない、女房殿はサンマのはらわたを食べさせてくれない。
「回遊魚と言えども、なにを食べているか分からない。せめて内臓を食べるのは止めなさい」というわけである。仕方ないので、私は家では食べず、居酒屋ではらわたを食べることにしている。
 あまり神経質になると、天然物の魚は食べられなくなってしまう。なるほどそう考えれば養殖魚の方が出自がはっきりして安全かも知れない。餌による養魚場の汚染、薬品の使用も最近は厳しくなってほぼ安全と言える状態になっている。
「養殖物は、天然物に比べて不味い!」
 日本の消費者には天然物志向が強い。多分に当たっているところはあるが、信仰にまでなっているのはどうかと思う。たとえば、ブリやハマチの味は天然物と養殖物は格段の差がある。天然物の方が旨いのである。ところが、フグについてはそうは言えない。
 ご存じの通り、下関の南風泊漁港は、天然物で最高級のトラフグの水揚げ高が日本一である。その市場の仲買人の間では、意外に養殖物の評価が高いのである。立場上おおっぴらには言えないが、正直に言うと養殖物の方が好きだという仲買人も多い。
 立場上とは、東京、大阪の最高級の料亭ではこれらの仲買人が、天然物のトラフグを卸しているからである。プロ中のプロの意見と言ってよいだろう。
 こういう話しもあるということを知って欲しい。皆さん、情報ではなく自分の舌を信じようではありませんか。 

 養殖の話しが出たついでに、⑪項で少し触れた養殖についてもう少し述べてみたい。
 養殖の問題点の第一は、前に述べた天然物信仰である。これに関しての問題点として、カツオやマグロなどの食物連鎖の上位に位置する魚類は、環境を汚染する物質を他の小魚などから取り込み、それが体内に凝縮される恐れがある。よって水産庁や厚生労働省が妊婦はこれらの天然物を食べないように警告を出すことがあると聞いた。
 本当の話だろうか? まさか! 如何に何でも事態はそこまで至っていないと思うのである。我が家の女房殿は正しいのだろうか?
 第二に、漁場の汚染である。餌の過剰投与などにより、海流のおだやかな入り江で養殖されることが多いので、投与された餌が沈殿し入り江が汚染されるのである。私はこの凄まじい実態を目にしている。水は濁り、汚泥が海底を覆っている感じがした。しかし、二十年前の話しである。近年は餌の投与技術の進歩により改善されてきたと聞いている。
 第三は、効率の問題である。穀物を餌に家畜を育てるのと同じように、イワシやサンマを餌に鯛を育てるのは効率が悪いのである。イワシをそのまま食べた時のエネルギー摂取量と、同じ物を養殖魚で摂取しようとすると約3倍非効率だそうである。


 養殖の餌に関する話しが出たところで、どうしても触れねばならない問題がある。すなわち微生物蛋白質(SCP)である。SCPの研究は、簡単に言えば微生物が分解・還元することにより蛋白質を生成する。その蛋白質を食糧に変換して利用しようと試みることである。微生物といっても数は莫大である。
 大きく微生物を分類すれば、①原核生物の細菌や藍藻、②真核生物のカビ、酵母、③単細胞の藻類、原生動物である。
 この随筆の<⑧なぜ森林にこだわるのだろう?>の中で、ドイツの生態学者ティーネマンの生物三分類をあげたが、覚えておられるだろうか。
①無機物から有機物を合成する生産者(植物)
②有機物を消費する消費者(動物)
③有機物を分解する分解・還元者(微生物)
 地球の植生は①と③で成立する。②はそれなりの役目をになっているが、なければ無くともそれほど問題はない。つまり、動物は①と②によって生かされている寄生者といえる。

 この微生物蛋白質(SCP)の研究は日本が最先端をいっていた。過去形なのは現在は後塵を拝しているということである。
 昭和44年にはSCPは実用化にまで行っていた。三社が製品化の試験工場を立ち上げていた。ところが、朝日新聞が反SCPのキャンペーンを始めたのである。消費者運動も後に続いた。旧厚生省が安全性を確認したにもかかわらず、世論に押し切られる形で三社は撤退してしまった。
 この時のSCPは、真核生物の酵母で石油から蛋白質を取り出す方法であった。石油タンパクというネーミングと「石油を人間に食べさせるなんてとんでもない!」という主婦の発言が世論を形成ていったのだった。ヒステリックなおばちゃんには勝てません。

 石油から微生物が分解したタンパクは、人間が食べても害はないが、当時の目的は養殖魚の餌として実用化を図ったものであった。すなわち、当時、鯉の餌に魚粉が使われていたが、これは水産資源の保護という観点からすれば大きな無駄になる。そこでSCPを餌として使うことが出来れば、将来の食糧危機も見据えた養殖技術を確立できるという遠大な計画だったのである。
 頓挫した新技術であったが、最近は見直される風潮にある。現在、養殖用の魚粉にはイワシやサンマが使用されているが、効率が悪いばかりでなく海洋汚染のためにダイオキシン、PCBや環境ホルモンといったものがイワシやサンマに蓄積され、それを食べた養殖魚にさらに蓄積されるという食物連鎖の問題が心配されているのだ。

 朝日新聞や主婦が何と言おうと、食糧危機を迎える人類にとって微生物蛋白質(SCP)が切り札として注目されている。
 日本は立ち後れたが、イギリス、ドイツ、アメリカ、カナダ、ロシア……では、その後も研究は続き、飼料用や人の食料用に生産は続いている。
 新しい科学の芽は摘んではならないと思う。感情に流されるのではなく、冷静に注意深く育てるべきだろう。最近の遺伝子操作による穀物にもそれがいえる。冷静に、そして注意深く……。
現在の我が国で、製造され販売されている微生物がクロレラである。クロレラは上記、微生物の③、単細胞の微細緑藻類であり、屋外プールを使って大量培養が行われ、健康食品として販売されている。最近では二酸化炭素固定化技術の材料としても研究されている。二酸化炭素固定化とは、樹木と同じように地球温暖化防止に役立つことが期待されるのだ。

 微生物の食料化についてどうしても書いてみたいことがある。その記事を読んだのは私の二十代だから今から三十年以上前の話しである。ちょうど石油タンパク問題が起こった昭和44年頃かも知れない。
 文藝春秋誌上に、ある研究者の書いた文章が掲載されていた。そうとうに長い記事だった記憶がある。気に入った私はその部分を切り取り保存していたが、残念ながらいま手元には無い。私の記憶で書いていくことにする。
 その研究者氏は大学の教授であった。学問的には多いなる成果を挙げられていたようだが、変人と見なされていた。「糞尿博士」と呼ばれていたそうである。
 研究室に糞尿を持ち込み、微生物の成育の研究をしていたのだ。白衣には飛沫が飛び散り部屋中が臭いに満たされていたという。本人が言うのである。本人は本望かも知れないが、助手や研究員、掃除のおばさんは閉口したことだろう。

 この糞尿博士が研究の成果を試すべく実地検証を計画したのである。場所は灼熱のアメリカはアリゾナ砂漠で二ヶ月間の生存実験であった。
 博士は一人で四輪駆動車を運転し、アリゾナ砂漠に分け入り目的の開拓者にうち捨てられた場所に到着した。小屋はわずかに痕跡が残っている程度で当然住むわけにはいかず、糞尿博士はテントを設営すると前もって調べてあった川を探した。小さな流れであったが容易に見つけられ、近くに藻の生い茂った小さな沼を発見したのはさらなる行幸であった。
 さっそく、テントに戻ると彼は、ツルハシとスコップでプールを作り始めた。灼熱の砂漠である、何とかものになったのは翌日であった。川に行き水を汲み上げプールに満たした。藻に満たされた沼から、藻と共に小さな貝類も拾いあげプールに放り込む。おかげで用意していた微生物の粉末は使わずに済んだ。
 ここで、彼は大発見をする。廃材の下から開拓者の残した乾燥した人糞を発見したのだ。彼は喜びのあまりに舞い上がった。
「これで、なんら心配はない!」 
 微生物を培養するのに自分の糞尿だけでは不安だったのである。これで、肥料の心配は無くなった。
 携帯食料が尽きる一週間後には、食糧プールは緑に覆われた。博士はプールから繁殖した藻を取りスープとして食した。調味料はむろん使っただろう。なにせ有り余る太陽光線と肥やしはふんだんにある。むろん自らの排泄物も肥料となった。 
 友人のアメリカ人の哲学者が訪問したときには、プールから小さな巻き貝を集めて、肉団子のごときものを作って、藻のスープと共に食した。砂漠の満点の空の下、博士は哲学者と哲学の議論にふけったそうである。
 こうやって、二ヶ月間の生存実験は大成功に終わった。博士曰わく、
「これで、人類の食料問題は解決した!」 
 太陽と水と微生物、そして糞尿があれば人間どこでも生きていけると豪語したのである。
まさに、微生物蛋白質(SCP)の利用である。
 その後私は、糞尿博士の研究成果を目にしていない。後継者がどうなっているかも知らない。掲載の記事すら失った私であるが、糞尿博士には大いなる好意を寄せている。
 


                        
 
 

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