ふりむいたら君がいた
ボクの品評会



 
  渋谷から東横線にのり、駅前のスーパーの食料品売場についた。
 「冷蔵庫はあるの?」
 「ないよ」
 「調味料は、塩は・・・・・?」
 早苗は矢継ぎ早に質問をすると、少し考え、いろいろ買い込み始める。
 僕が支払おうとするのを制して、彼女が代金を払った。
 スーパーの袋を一つずつ持って、アパートへ向う。
 早苗はスタイルが良く、ほんとうに素敵だ。ファッションジーンズと云うのか、薄手の生地が身体にピッタリ密着し、悩ましいラインを浮きだしている。
 僕は胸がドキドキし、すこし呼吸が乱れてきた。
 「閑静で、落ち着いた住宅街ね」
 「うん、わりに気に入ってるんだ、君の住んでる自由が丘はどう?」
 「よく似た感じよ」
 「今度、行きたいな・・・・・」
 「いいわよ、いらっしゃいよ」
 二人で会話を交わしながら歩いていると、僕は次第に落ち着いてきた。
 そして、とても幸せな気分になっていく。 
 早苗は、なにを感じているんだろうか? いまいち女性の気持ちはわからない。
 道角を折れたところで、木村家の二階建が見えた。
 その向かいが僕のアパートだ。

 「ここが、僕の住んでるアパートだよ」
いかにも安普請の建物で、僕は少し恥ずかしかった。
 「ここなんだ? ヒロシが云ってたとおりね、さあ入りましょ」
 僕はアパートの入り口のドアを開け、彼女をなかへいざなった。
 ちょうどその時、
 「お兄ちゃん、おかえりなさい」
 背後から声がした。
 「やー、由美子ちゃん」
 「お兄ちゃん、この人だれ?」
 「紹介するよ、早苗さんだよ」
 「よろしくね」
 早苗はニッコリ微笑みながら云った。
 「どういう、関係なの?」 
 えッ! 僕は一瞬びっくりした。
 「お友だちよ」
 早苗はやさしく答えた。
 「ふーん・・・・・」
 由美子ちゃんは、いぶかしげな顔で早苗をみている。
 「由美子ちゃん、いまからお姉さんと食事をするから、あとで遊ぼうね」
 「私も、いっしょに食事する。いいでしょ、お兄ちゃん」
 「由美子ちゃんは、あとでお母さんと食べなきゃ・・・・・」
 「いいの、由美子、お兄ちゃんと食べる」
 僕は、こまって早苗を見た。
 彼女は、肩をすくめ、両手を少し開いて、外人が仕方ないというときの仕草をすると、微笑みながら云った。
 「由美子ちゃんも、一緒に食べましょ」
 早苗って、やさしいんだ。きっと子どもが好きなんだ・・・・・。
 僕だって、子どもは好きだ。
 でも、でも今日は・・・・・そんな、そんなことってないだろう・・・・・。
そのあと僕は、部屋に駆け入ると、素早く洗濯物のほか、まずい物を押入にほうりこんだ。
 
 「お姉ちゃん、由美子、手伝うわ。お兄ちゃんは、いいのよ」
 由美子ちゃんは、そういうと、かいがいしく早苗の手伝いを始めた。
 早苗と由美子ちゃんは、仲良く食事のしたくをしている。
 「僕も手伝うよ」
 すかさず由美子ちゃんは返す。
「お兄ちゃんは、いいの。男の人はすわってて」
 僕の部屋にある食事テーブルとして、使えるものは、コタツと机、兼用のものだけだ。
 三人の食事の為には少し狭すぎる。
 「この魚、なんだかわかる?」
 魚の煮付けを出しながら、早苗は云った。
 「カサゴみたいだけど?」
 「違うわよ、西の方の人はよく勘違いするけど、キンキと云う魚よ。脂がのって美味しいわよ」
 こたつの台のうえには、ところせましと料理が並べられた。刺身、酢の物、漬け物、キンキの煮付けは、僕だけ一匹、早苗と由美子ちゃんは、半ぶんっこだそうだ。
 見れば、ぜんぶ和食である。
 「以外におもった? わたし和食党なの、ヒロシも和食が好きだといってたじゃない?」 僕は、キンキに箸をつけた。
 「うまい! キンキって、こんなに旨いのか?」
 「わたしの、腕もあるのよ」
 「お兄ちゃん、由美子も手伝ったのよ」 
 食事が終わったあとも、由美子ちゃんは帰らない。結局、早苗が帰るとき一緒に部屋を出た。
 早苗を送って行く道すがら、
 「ヒロシってもてるんだ?」
 「えッ! たんに子どもに、好かれているだけだよ。まいったよ、まったく・・・・・」 
 「こんどは、私のところへ来てね」
 「もッ、もちろんいくよ」
 僕は、ガッカリした想いも忘れ、夢心地になった。
 「だけど、あの子、本当にヒロシのこと好きよ。私わかる、同じ女だから・・・・・あきらかに恋愛感情だわ」
 「まさか? 小学四年生だよ?」
 「私も、負けられない、ファイトが湧いてきたぞ!」
 『えッ! まさか、僕、もててるのか?』
 早苗の言葉は僕の意識を天空のかなたに運んでいった。
 『でも、なぜ? 僕が?』 


 ドアをノックする音で、僕は眼がさめた。
 枕元の目覚ましを手に取ると、針は午前十時過ぎを指している。   
『少し、寝過ごしたかな・・・・・』
 まだ、頭はボーとしている。
 その時、またノックする音がした。
 寝ぼけ眼でドアをあけると、そこに由美子ちゃんが立っていた。
 「おはようお兄ちゃん、起きたばかりなの?」
 「ああ、由美子ちゃんか、なんだい?」
 長髪をボリボリ掻きながら僕は返事をした。
 「公園に行きましょうよ、早く支度をしてね」
 うむを云わせない気のようだ。
 そうか、今日は日曜日か? このごろ曜日の感覚がほとんど無くなっている。
 せかせる、由美子ちゃんの声を背に、僕は、布団をたたみ、顔を洗い急いで支度をした。 「そのシャツと、ジーンズ・・・・・まあいいか、お兄ちゃん男も身だしなみが大切よ」
 そういう由美子ちゃん、ピンクのジャンパースカートを着て、長い髪に、紅いリボンをむすんでいる。
 二人そろって、アパートをでた。
 歩き出すとすぐに、由美子ちゃんは僕の手を握ってきた。
 「公園って、すぐそこの芦田公園かい?」
 「ええ、そうよ」
 「なにかあるの?」
 「行けば、わかるわよ」
 芦田公園は、かつて土地の資産家が寄付したものだそうで、入り口を入ったところに、芦田翁の胸像と石碑が建っている。
 木々も多く、落ち着いた雰囲気がして、僕はかなり気に入っている。
 由美子ちゃんは、スキップなんぞを始めてしまった。
 『行けば、わかる? なんなんだろう?』

 日曜日の芦田公園は、子どもを遊ばせている家族連れが、めにつく。
 由美子ちゃんは僕を、正面の広場のはずれにある、鉄棒のところへみちびいた。
 そこには、五~六人の女の子が集まっていた。
 「みんな、紹介するわね! ヒロシさんよ」
 「こんにちは」
 僕は愛想よく挨拶をした。
 鉄棒にぶら下がって、ニヤニヤしている女の子、柱に寄りかかって横目で僕を見ながら小声で話している女の子、なんか妙な雰囲気がだ。
 「お兄ちゃん、ちょっと待っててね」
 そういうと、由美子ちゃんはみんなのところに行き、ヒソヒソ話を、はじめてしまった。
 僕は興味にかられて聞き耳をたてた。
 「ねー、どう? 私の彼よ」
 「まあまあね」
 「まあまあじゃなく、格好いいでしょ」
 「たしかにスマートだわね」
 「そうでしょ、そうでしょ、ハンサムでしょ」
 「長髪はいいけど、服のセンスがね?」
 「うん、それは私もそう思う、いろいろ教えようとおもうの・・・・・」
 「私は由美子の云うとおり、格好いいとおもう」
 「だめよ、私の彼だからね・・・・・」
 僕は、口を挟むことができなかった。
 ときどき、彼女たちは僕の方を盗み見する。
 そのたびに、少しでも格好良く見せたいと思う僕は、あさはかなんだろうか?

 由美子ちゃんの彼氏の品評会は、終わった。
 そのあと、由美子ちゃんに引っぱられるように、僕は繁った木々のなかのベンチへつれていかれた。
 並んで座ると由美子ちゃんは、僕にすがってくる。
 腕をくみ、身体をもたれかけてきた。
 なんか、うっとりしているように見える。
 『早苗のいうとおりだ、僕のことほんとに好きなようだ・・・・・』
 しばらくそのままだったが、おもむろに由美子ちゃんは、僕を見つめると、
 「・・・・・お兄ちゃん、由美子と結婚してくれる・・・・・?」
 一瞬、僕は返事にこまった。いわれたことは嬉しいには嬉しいんだが・・・・・。
 「お兄ちゃん、由美子のこときらい?」
 「きらいじゃないよ、好きだよ」
 「じゃあ、いいでしょ?」
 「でもね、由美子ちゃんまだ小学生だろ?」
 「今すぐじゃないの、由美子が大きくなったらの話しよ」
 「そうか、いいよ、じゃあ結婚しよう」
 由美子ちゃんの瞳がキラリと光った。
 「約束よ、ぜったいよ、ゆびきりして・・・・・」
 僕と由美子ちゃんは、ゆびきりをした。
 そのあと、また彼女は、僕の腕をかき抱くと、身体をもたれかけた。
 眼を閉じウットリしたような顔で、しばらく動かなかった。

次ページへ小説の目次へトップページへ